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北海道旅行(その2)

遅くなりましたが、地球岬旅行記の続きです。どう書こうか色々考えていたら、日にちがあっという間に経ってしまいました。しかし、気持ちを完全に言葉にするのは無理だと悟り、なるべく事実だけ淡々と記すような気持ちで綴りたいと思います。自分の行動記録を兼ねるつもりで。


*****


二日目は前述の通り、昼過ぎに新千歳空港を経つ予定を変更して、地球岬へ向かいました。音楽プレーヤーには、CDになっているK.D earthの曲全部が入っています(限定CDなどで手に入れられなかったのは別として)。プレイリストが自動的にアルバム毎のアルファベット順になるのを特に修正しなかったため、最初に「Condevistorida」が流れるのですが、実は今現在の一番のお気に入りがこのアルバムです。昨年は「SUNNY SIDE」が一番好きで、今年は「Condevistorida」なので、来年あたりようやく「etunankara」ブームが自分の中に吹き荒れるような予感がします(笑)。それはさておき、新千歳空港に荷物を置いて、南千歳でスーパー北斗に乗り換え。南千歳を出た頃からCondevistridaを聴き始めると、ちょうど苫小牧で停車していたときに「スクラップ」が始まりました。残念ながら、青い空に刺さるような煙突と白い飛行機雲は見えませんでしたが、今回はまだ訪れないでおこうと思っていた苫小牧を車窓から目に焼き付けるように眺めました。
健さん訃報の発表があった数日後、ずっと健ちゃんのいないK.D earthをサポートされていたLORANのNAOさんが、ご自分のブログでスクラップの歌詞を掲載されましたね。最初は、何故この歌?と思ったのですが、その日の朝、通勤途中でまだ聴くにはつらいだろうと思っていたK.Dの曲を無理して聴いたときにはっとしました。(NAOさんの意図したこととは違うとは思いますが)この曲、まるで健さんの魂が、故郷に還って遊んでるみたい……。その頃を思い出して、もしくはその頃の姿に戻って。まさか、このアップテンポな曲に泣かされるとは思っていませんでした。確か昨年7月のFC限定ライブか、8月の代官山のライブで「KDで一番アップテンポな曲で、これ以上激しいのはなかなか出来ない」って健さんが言ってた記憶があります。過去を思い出しているのに、決して郷愁だとか寂しさを感じない明るい曲、K.Dの歌は、いつでもどんな曲でも、妹さんを歌った曲でも、いつもどこか前向きだなぁ……と思います。

“スクラップアイランド忘れない”

歌詞が過去形のせいか、どの言葉も重く聞こえてしまいます。
北海道は、もうこの時期になると昼を過ぎると夕方のような空をしているんですよね。去年、苫小牧でのetunankaraリリースライブで北海道に来たときも、昼過ぎになるともう夕暮れのような空が広がっていました。日本って時差があるんだと改めて考えていました。

そして、東室蘭からは各駅停車に乗り換え。ここから先は、一両編成のちっちゃい電車でした。母恋はアイヌ語が語源のようですが、この当て字も何だか家族のことを歌った曲の多いK.Dっぽいと思ったりして。「mother」という曲が浮かびます。母恋では、母恋めしという駅弁も気になっていたのですが、駅につくなり勢い余って外に出て、目に付いたタクシーに乗り込んだので、結局売っているかどうかも確認できないままでした。私はこういうのが結構あるんですね、一目散というか、散歩べた(散歩に上手い下手があるのか!?)。母恋めしには苫小牧名物(?)のホッキも入っているみたいなんですけど、ホッキ貝もまだ食べたことがなかったりして~……。

そんなわけで母恋からタクシーに乗車。基本的に貧乏旅行が好きで、最初は地球岬団地まで行く路線バスに乗って、そこから1キロ程度歩くつもりだったのですが、朝から調子が悪かったので贅沢にタクシーを。乗ってすぐに、「地球岬までお願いします」というところを、「母恋岬までお願いします」。……ほらね、相当調子悪いでしょ? 運転手さんに一瞬間を置いて、「地球岬?」と聴き返されました。すいません……。

まぁそんな調子で地球岬へ向かう途中、運転手さんが他にも見て欲しいところがあるというので向かった先がトッカリショ。室蘭八景の一つだそうです。来る前に地図を見ていたとき、海水浴場があるんだ~と思ってた覚えがあるんですが、多分ここですね。個人的には海は海岸よりも岸壁とそこに打ちつける波という図が好きなので、写真に収めたのもそんな風景となりました。地図とか地形とか大好きなんです。

トッカリショ1

トッカリショ2

言葉もなく、しばし佇んだ後、目的の地球岬へ。特に見るものもない(というか、あっという間に見終わる)との運転手さんのお言葉があったので(笑)、30分後に戻ってきてもらう約束でタクシーを降りました。実は想像していたのは、多くはなくても観光客がちらほら見える光景だったのですが……。

chikyumisaki01.jpg



toudai.jpg

誰もいない!(笑)

時間は14時前後だったと思います。まぁ寒いですし……。雪はまったく気配もなく、地元京都の真冬よりはまだ暖かい気候だったのですが、平日だし、曇っていて寒いことに変わりはないし、当然と云えば当然。でも、私には丁度良かったです。人の目を気にする必要がないので……。なんて書くと、一体何をする気だ! って感じですが(笑)。今回、地球岬へ行こうと思い立ったのは11月の半ばに差し掛かった頃でした。最初は、丁度12月上旬に北海道に行く予定があるので、K.Dゆかりの地を訪れようかと思っただけだったのですが、日がたつにつれて、一人で、他の誰もいないところで追悼したいという思いが募ったのです。12月1日の「送る会」に参加してその思いは更に強くなりました。彼らの周りには当然ながら、たくさんの家族と友人とファンがいて、私はその後ろの方で遠くから眺めているイメージでした。しかし、彼らにとって私は大勢いるファンの一人でも、私にとって、彼らの歌はすぐ隣にいるものだったり、もしくは私の内側にある言葉と同じものを持っていたり、そんな密接な空気を感じる存在でした(もちろんこれからも)。なので、たくさんのファンの一人として送る会に参加するのとはまた別の時間を持って、一人で、一人であることに意味が持たせた時間を作りたい。そんな風に思って、だけど苫小牧はまだ気持ち的に行けそうもないので、歌のタイトル・テーマとなっている上に、二人が生まれた室蘭にある地球岬に行こう、と思ったのです。本当はお花を持って行って、健さんが前に日記で名前をだしていた堀川というお香を焚こうかと思ったのですが、送る会と違ってこちらの一方的な思いで決めた場所で、気持ちをそこまで形にしてしまうのはどうか……と思い直しました。

chikyumisaki02.jpg



chikyumisaki04.jpg

展望台についてから、まったく考えてなかったことを思いつきまして、ここで「地球岬」を聞こう、と。お花よりこっちの方がやってよかったと後から思いました(ていうかこっちの方を先に思い浮かべてよ自分!)。これはですね、ほんとにやって良かったです。今後、地球岬に行く機会がある方は是非ためしてみてください。こんなに、音と光景が一致する体験は、私の音楽体験が乏しいからかもしれませんが、初めてでした。どこがどうと聞かれれば、最初っからすべてが。本当に彼らがここに立って、水平線と空と波を見て、この曲を作ったのだろうという、曲の中に彼らの視線を感じました。あの曲は、あの風景と一緒になって成り立つものなのかもしれません。

chikyumisaki05.jpg

そしてここで幸福の鐘を鳴らして、私、ここでようやく健さんにありがとうと言えることが出来ました。発表があってすぐは、ありがとうと云う言葉はどうしても言えず、心に浮かべても単なる文字の羅列でしかなかったのに、自分の中から自然に沸き起こってくる感情として「ありがとう」と思うことが出来た……。納得できなかったときには、「ありがとう」って何が? どういう意味で? それを言うことの理由は? などと理屈が邪魔をしていたような気がします。でも、このときは、何だかそういったことを抜きにして、健さんの存在そのものとか、短い一年と少しだけの間でも健さんの生の歌声を聞けたこととか、彼らを知って好きになれたその経緯にも、すべては偶然で、だけど意味のある偶然なんだとか、なんかよくわかんないけど(笑)、「ありがとう」と言うことが出来ました。地球岬に誰もいなくてよかった。私がお礼を言って祈った後に、数人他の観光客の方が訪れていたのですが、まるで私が祈り終わるのを待っていたかのようなタイミングでした。

chikyumisaki03.jpg

行って良かったと、心から思えた“寄り道”でした。きっとまた、ここへは来るんじゃないかなと思います。でもきっと、次は友達と、楽しく訪れるような気がする。というかそうでありたい。今度は誰かと来て、健さんの話をしたい。そしていつまでも、何年たっても、誰かに「健さんっていう人がいて、とってもかっこよくって、とっても素敵な歌声を聴かせてくれた人がいたんだよ」って、ずっとずっと言い続けて行きたいと思います。

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