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はにきぬきせぬEARTHのかんそう

EARTHリリースライブの感想を書こうと思いつつ、もう一週間以上が経ってしまいました。この一週間、通勤のときは相変わらずKDを聴きながら過ごしていたんですが、EARTHは案外聴いていません。まぁそんなEARTHの感想を書いちゃうわけなのですが……。

まず、アルバムとしてのEARTHの感想をひとことで言うと。

濃い。

です。農耕です。……じゃなくって、濃厚です。KDは農耕じゃなくって酪農って感じですね。っていやいやそんな話でもなく(すいません、決して酔っているわけではありません)。普段の彼らの音には、溢れ出てゆく、外に向かうパワーを感じるのですが、このEARTHという一枚は、中心に向かってぎゅっと集められた濃厚さを感じるのです。ジャケットの色合いと同じですね。あのジャケット、作品にとってもマッチしていると思います。

その濃さは、統一感って言う言葉でも表せると思うんですが、このアルバムには元の作品(小説)があって、あくまでも「そのイメージで作られたもの」であること、小説を補完するためのものであることが統一感を覚える理由かなっと思ったわけですが、私が小説を読んでいないので(笑)何とも言えません。

小説ねー、携帯で無料で読めるじゃないですか。なので冒頭部分は読んだんです。主人公が日本に帰ってきて再会するくらいまで。ただ私、文体にこだわる方(読む方ね……)で、好きじゃない文体はかなり忍耐力を駆使しないと読めないので……。ええと、ごめんなさい……というわけです。あの地の文はちょっと、残念ですが、私は駄目でした。

思えば、etunankaraは、非常にバラエティに富んだ内容でございました(笑)。昔のことは、レポをネットで読んだ知識しかありませんが、どうやら新旧取り混ぜているようで、傍から見ると「あれもこれも入れちゃえーっ! これも入れとけーっ!!」って、そんなこと実際に考えたかどうかは別として、ちょっとおもちゃ箱然としたごちゃごちゃ感があったわけですが、それを思うとこのEARTHは対照的です。ひとつのアルバムとしてきれいにまとまっている。正直、先日のライブでは他のKDソングとの違和感を感じてしまうこともちょっと……。

ただ。

これでK.D earthを初めて聴く方がいらっしゃったとしたら(きっといらっしゃることでしょう)、他の曲もぜひぜひ聴いてねっ! と声を大にして言いたい。そして、決してこのEARTHがイコールK.D earthというわけではないのだな、ということを知っていただきたい。
EARTHの曲、どれもいい曲だと思うんですが、音の濃さとは対照的に、歌詞の浅さを感じるのです。描かれている感情やテーマが浅いわけじゃなくって、共通事項的(←こんな言葉ないよね)というか、何て言えばいいんでしょうね、一般的? ある方のブログのエントリーで、最大公約数的って言う表現を使って、W(ダブル)時代の彼らの曲を評したものを読み、たいへん共感したことがあるんですが、それが一番近いかな。そんな、最大公約数的なものをこのEARTHにも感じました。一般受けはするのかもしれない。最近流行っている歌、まったく知らないんですけど、昨年のレコ大を取った某歌の歌詞を読んでいても感じる、「固体識別のし辛さ」。観念的っていうわけでなく、個人の出来事を歌っているようにも聞こえるのに、「誰か知らないけどどこかの誰かさん」の歌っていう感じ。それが世間でたいへん支持を得ているわけですから、決して悪いわけではないんでしょうけど、私の中にはあまり入って来ない。たとえ個人的な出来事が描かれていても、まったく違う人生を歩んできた自分にも共通する想いを見つけることが出来たり、それがなくとも書いた人の「ほんとうのところ」を垣間見ることが出来る作品が私は好きなのでしょう。そんな風に、単純に好みの問題と言ってしまってもいいんですが。

ただ、その物足りなさを覚える歌は前半に集中していました。「宵待草の記憶」で、「これは好きだなぁ」と思って歌詞カードを見ると、KDだけで作った曲だった……。見事なまでに……。ちょっとショックでした。自分にとって、そんなにも違いがはっきりするものなのかと。KDワールドにどっぷり浸かっていることがはっきりわかってショック……(笑)。後半はKDっぽくなって行くんですよね。「愛だって」なんて、KDぽすぎてKDっぽくなくなっちゃってる(なんじゃそら)。実際、もうちょっとKDは洗練されてるでしょう(どういう意味だ)。なのにKDの泥臭さとか土臭さをを主張しているみたいな歌だな。この歌、果たして原作との違和感はどうなんでしょうか(笑)。そして「再会」を挟んで最後の「EARTH」と続いて、ひとつわかったことは、もしかしてスケールの違いなのかな……と。健さんの描く詞には、地球だの星だの月だの天気の裏側だの(これはetunankara笑)、個人的なものが外へ向かって昇華して、そして最終的に共通事項となってこちらに届けられる、その道筋を感じることが出来るとしたら、先ほど言った「最大公約数的」な歌詞は、最初からその高い場所で歌っているから「はぁそうですか」としか思えないんじゃないでしょうか……。

難しいなぁ。どう表現していいのか非常に難しいです。とにかく、この作品は佳作なんだけれども、あくまでも「ひとつの企画物」という位置づけで、最初っからそれはわかっているんだけれども(笑)、改めて、いろんなことを考えてしまった作品でした。この作品、インディーズ・レーベルから出ているせいか、アマゾンとかHMVとかタワレコとか、楽天のCDショップなんかにも置いてあるみたいですね。おまけに切望していた関西でのライブが実現したりして、嬉しいのと同時に、やっぱりそういう後ろ盾があると強いんだなぁっていう、ちょっともどかしさも感じてしまったのが正直なところです。


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